
6代目蔵元 土田祐士
杜氏 星野元希
茂田正和
〈中編 / 全3回〉
土田
それでは蔵をご案内しますね。酒づくりの工程はざっくり7つ。精米された状態の米を洗う→蒸して冷ます→麹をつくる→酒母(しゅぼ)をつくる→もろみを仕込む(発酵)→搾り・熟成→火入れ・瓶詰めといった感じです。材料は米と麹と水の3つだけ。そこに菌ですね。蔵に住み着いている多くの菌を活かしてつくっています。
茂田
蔵の菌を活かしながらつくることの良さや難しさって、どんなことがあるんでしょうか。
土田
同じものを安定的に大量につくりたい場合、余計な菌はいない方がいいんです。そのために、いろいろな添加物を入れて調整するんですが、これだと出来上がる味のゴールが見えてしまう。それって技術者としてはつまらないというか、楽しさを奪われている感じがして。僕らが大事にしているのは、おいしくて面白い酒づくり。添加物を入れずに菌を活用することは当然リスクがあるし、意図しないことがしょっちゅう起こる(笑)。でもこの菌のおかげで味のオリジナリティが生まれるんです。日々、発見や失敗、検証の繰り返しで彼らも大変だけど、楽しみながらやってくれていると思います。
茂田
それって仕事の醍醐味ですよね。土田さんも最初は現場で酒づくりをされていたんですか?
土田
はい。5年くらいやっていました。僕は代表業もあるのと、杜氏の星野がつくる方がおいしいものが出来ると思ったので、今はすべてを任せています。もちろん意見を言い合うことはありますけど、信頼していますから。
茂田
星野さんは、なぜ杜氏になろうと思ったんですか?
星野
高校2年の進路を決めるタイミングで農大を目指してる友人と話していたら“醸造”って言葉が出てきたんです。そのとき初めて“酒をつくる”という道があることを知って、漠然といいなと思ったんです。両親がお酒好きで、2人で飲みに行くとハッピーな感じに酔っ払って帰ってくることもあって、アルコールは人を楽しくするものなんだろうな、という認識でした。そこからいろいろと調べ始めて“杜氏”という職業があることを知り、これになるしかないと。
土田
すごいなぁ。それ以来、ずっとこの道一筋なんだね。
星野
はい。ただ僕は本当に勉強が嫌いで。大嫌いなんですよ(笑)。高校は進学校だったんですけど、部活ばっかりしていて入ろうと思っていた学校は自分の成績では無理だったので諦めました。当時、おそらく日本で唯一の酒造免許を持っている専門学校があったので、そこに入ったんです。土田酒造とは専門学校時代からの縁ですね。
茂田
人と違うことをやりたいっていう意識とか、遠回りというか計画どおりじゃない生き方のプロセスって、逆にプラスに働くことないですか?基礎をしっかりと学んだ人が、決まった形や考え方から脱却するのって難しい場合があるんですけど、僕の化粧品を面白いといってくれる人がいるのは、基礎に囚われ過ぎていないからだと思っています。
土田
なるほど、そうか。茂田さんがおっしゃったように、自分もそっち側の人間だから、誰もやらないようなことを出来たのかもしれない。今の話を聞きながら納得しました。僕も最初は全然違う業界にいたんですよ。
星野
社長がガチガチの酒づくりを学んできていたら、おそらく今みたいに面白いことをやろうというスタイルはないですよね。
茂田
お2人はすごくいい関係性なんですね。仕事はやはり自分が面白いと思うことをするのが一番です。
星野
僕は、常に酒のことを考えているんです。考えるなって言われても浮かんでくるんですよ、酒のことが。例えば小さい子どもが1人でいるのに「あなたは寝てなさい」って言われても無理ですよね。「赤ちゃんのお世話なんて忘れなさい」って言われてもねぇ、忘れようがないし。
茂田
確かに。ものづくりをする人間としては、それってすごくいい例えだなぁ。質問なんですが、お酒をつくっていて想定外の出来事が起きたとき、最終的にどうコントロールするんですか?
星野
自分がこうしたいというイメージがないと、ゴールがわからなくなるので、最終的な味のイメージは必ず持っていないとダメですね。後は過去の例を参考にしたりします。事実と理論と感覚のミックスみたいなものかもしれません。
土田
彼の場合、狙っていた味と違うなと思った瞬間に、発酵で味を加えたり組み換えたりしながら、どうすれば元のイメージの味に落とし込めるだろうかっていう考えになるんです。センスというか、アイデアの引き出しがたくさんあるんです。だから正直、失敗したときほど僕は楽しみなんです。今回はどうやってリカバーするんだろうって(笑)。
茂田
“味覚の絶対音感”みたいなものでしょうか。ものづくりをする上で匠と言われる人は、手作業なんだけど均一性が出せるというか、想定外のことも織り込み済みでコントロール出来る能力がありますよね。これからの時代、クリエイティビティに対して絶対的な信頼をしてもらうことが大切だと感じています。消費者というよりも、星野さんという杜氏であり、土田酒造さんを応援する人逹が応援したくてお酒を買う、そういう関係性なんだろうなと思います。
(写真左から)
茂田正和 / OSAJIディレクター
2002年より化粧品開発に従事。無類の料理好きとしても知られ、肌を健やかに導く栄養学も踏まえたアプローチで、料理家とのコラボレーション経験も。
星野元希 / 杜氏
東京都杉並区出身。東京バイオテクノロジー専門学校を卒業後、新卒で土田酒造に入社。お酒づくりの世界に入ったきっかけは、高校2年生だった。
土田祐士 / 土田酒造 6代目蔵元
コンピュータ総合学園HALを卒業後、カプコンに入社。その後、2003年に土田酒造に入社後、6代目蔵元となり、お酒づくりのスタイルを大きく変えた。