
ヘアスタイルやメイクアップというものは、その人その人の個性を表す、ファッションとしての価値が非常に大きいというのは、明白な事実と思います。でも僕は、化粧品開発の仕事に関わりはじめてからずっと、もっと社会的な価値があるのではないか、社会貢献的な役割を果たせるのではないか、というところに注目しています。
僕自身は毎日のようにメイクアップをしてお出かけ、という過ごし方をしてきたわけではないため、もともと“お化粧”というものにどこかミステリーさを感じ続けていました。スキンケアやフレグランスなどの化粧品開発を通じて実感した、肌に触れてお手入れをしたり、香りを纏うことのエモーショナルさ。同じように、メイクアップという行為にも「より魅力的にみせたい」とか「コンプレックスを隠したい」といったことだけではない“なにか”があるはず。それを捉えられたなら、僕は当事者感覚でメイクアップともっと仲良くなれるのではないかと思いました。
そんな時に、出会ったのがこの写真集です。70年代にはニューヨーク、90年代後半からはシンガポールを拠点にインドネシア、マレーシア、ベトナム、フィリピンなどで10店舗のヘアサロンを手がけた日本人のヘアデザイナー、松尾俊二さんが2014年に開催したファッションショー「MAKEOVER MAGIC」の写真が収録されています。このファッションショーは唯一無二ともいえるユニークな内容で、モデルにはプロアマ問わず、50歳から98歳までの方が登場します。
モデルさんの大半は、60〜70
代の女性です。そんな大人の女性たちの魅力をプロのヘアメイクとスタイリングで引き出し、ランウェイを闊歩する美しい姿はとても眩しくて神々しさすら感じます。残念ながら松尾さんは2017年に逝去され、僕がこのショーのことを知ったのはその後だったのですが、ショーの一部やご活躍の頃の様子は動画などでも観ることができ、とても興味を惹かれたので写真集も購入しました。
ページを繰る度に、「もう歳だから、お化粧なんて…」そんな心持ちに引っ張られがちな世代の女性が、メイクアップによってこんなにもいきいきとした表情になり、周囲を圧倒するようなエネルギーを放つのか、と感動します。お化粧をすること、メイクアップすることは、自信を持つ術であり、生きている実感を最大限に味わえる魔法だと、松尾俊二さんから教えていただいた気がします。化粧品が大好きで、おしゃれに余念がなかった僕の母親も、まさにこの写真集に登場する方々と同世代。最近はすっかりメイクアップのモチベーションが下がってしまっていましたが、「たまにはお化粧してみたら?」と、リップスティックを1本プレゼントすると、それだけで気持ちにスイッチが入り、パッと表情が明るく華やぎます。
化粧品をつくるという僕の生業の一端を担う、メイクアップとの関わり方について、目を開かれるような感覚をもたらしてくれる一冊。幸い、まだネットをはじめ書店で購入することが可能です。メイクアップが大好きで、いくつになっても楽しみたいと思っている方はもちろん、「私はなんのために、お化粧をしているんだっけ?」そんな疑問がふと浮かんだことがある方に、とくにおすすめしたい写真集です。