茂田
UAさんの今の拠点はカナダとのことで、移住のきっかけについてお聞きできますか。
UAさん
カナダに住むことになった経緯として、その前に沖縄のやんばるに住んでいたお話をしないとかもですね。2011年に起こった東日本大震災、福島原発事故、3.11は私にとって本当にショッキングな出来事で、仕事、生活すべてを見直したいという気持ちが生まれてやんばるに移住しました。そうしてやんばるで3年半ほど生活する中で、もちろん音楽の表現も模索していたのですが、どうにも心の葛藤が大きくて曲が生まれない…アウトプットを見失いかけて。
かといって、東京に戻るのも違うなと考えあぐねていたとき、今の夫がカナダに居住できる権利があることを思い出しました。3.11以前から、彼はカナダで暮らしてみたい気持ちもあったようで、まずはカナダを見てみようということになり、彼の祖父が存命中に家族で訪ねることにしました。
茂田
そういうことだったんですね。それで、今はカナダで島暮らしという。
UAさん
はい。夫のおじいさんが住んでいたのはカナダの東側だったので、まずは西から東へ2ヶ月かけてキャンプしながら横断して。そのときに最初に訪れたのが今住んでいる南西側の島です。私は母方の故郷が奄美大島なので、もともと島というものに縁を感じていたし、カナダのその島で2週間過ごしたとき、街の在り方がすごくスマートに映ったんです。人もみんなニコニコしていて、教育、子供を育てる環境としてもここなら暮らせそう、というファーストインプレッションがありました。
茂田
なるほど。少し話を戻してしまいますが、やんばるでの暮らしはどんな感じだったんですか?
UAさん
実はやんばるに住む前、2005年から東京は離れていて、長男をシュタイナー教育の学校に入れたかったので神奈川県の藤野で農的な暮らしを6年間していました。その頃には今の夫とも出会っていて、彼は家づくり的なことも好きなので、やんばるではそういう暮らしをもっと掘り下げようと田んぼを借りて二毛作をやったり。ただ、沖縄は、イノシシとか渡り鳥がすごい勢いで作物を食べにくるので、栽培しても半分くらいは自然に還っちゃう大変さはありましたね。
茂田
なかなか生業とするのは、難しそうですね。
UAさん
そうですね。だから同じやんばるで農業を生業にしている人、しかも自然農を営んでいる森岡尚子さん*1とかが、岩の間に間に丸々とした大根を実らせるのを見たときなどは、魔法みたい!と感動していました。あと、やんばるにいる間はコミュニティの中の手づくりイベントに参加したり、近所のホースセラピーを行う馬牧場のこども園で、お世話をすることをワークトレードして、乗馬を習いました。
*1自然農法を提唱した農学者 福岡正信さんに師事し、自給自足の暮らしを求めて沖縄に移住、やんばるで自然農法を取りれた農園を営む。
茂田
カナダでも農業的なことをやられているんですか?
UAさん
やってますよ。向こうって居住するのに厳しいルールがたくさんあるんですけど、私たちが住んでいるファームランドは少しだけ緩やかで、今は直径30メートルくらいのまん丸の畑を持っています。
茂田
コロナ禍は地球規模のパラダイムシフトを起こしたと思うのですが。これからにふさわしいのは、さっきUAさんがおっしゃったワークトレードのような、エクスチェンジ的な思想だと僕は思っていて。というのも20年以上今の仕事をしてきて、お金を得るためにやっていないプロジェクトの方が、確実に良質な人との出会いを紡いでくれていると感じるんです。これまでは経済を優先する利己的なビジネスが中心でしたが、これからは持続性を優先する利他的なビジネスがよしとされたらいいなと。
UAさん
「利己」って簡単ですけど「利他」となると、とても難しいですよね。自分は利他的に動いていると思っていても、相手がそれを受け取ってはじめてそうであったかどうかわかることだから。子供の頃からもっと何をどうすることが「利他」となるのかとか、考える機会があったらいいですよね。
茂田
化粧品にしても、そもそもは手に取ってくださる人を美しくしたいという「利他」の想いからはじまっているはずが、売り上げ云々というところを気にしだすと「利己」になる。ビジネスにおいても、物々交換的に捉えたやり方、能力のエクスチェンジという関係性を成り立たせていくことは可能なんじゃないかと思うんです。
UAさん
もし企業の方々がそういった取り組みをやりはじめて、実現できたら素晴らしいですよね。
茂田
僕がプロデュースをして2023年2月にオープンしたこのお店「HENGEN.」*2で実験的にやってみたいことは、そういった物々交換デーみたいなイベントで。何かを持ってきたら、何かを食べていい、みたいな。「なぜ北上野、入谷という場所に出したんですか?」とよく聞かれるけど、そういう価値観を受け入れてくれそうな土地の雰囲気を感じたからなんです。
*2東洋の食の知恵を基にした、健康で美しくなれる料理をテーマとするモダンアジアンレストラン。
UAさん
確かにエクスチェンジを成立させるには共通の価値観と、あとは信頼が大切ですよね。
茂田
お話していてすごく思うのは、UAさんは感覚的なお話と、サイエンスサイドのお話、両方が併走している感じがすごく面白い!僕も、化粧品づくりにおいては心が動くようなエモーショルな部分と、科学的な裏付けによる再現性、その両輪を重視してきたので。サイエンスサイドのインプット源は何ですか?
UAさん
職業柄、体のメンテナンスをお任せする機会は多くて、それこそ鍼であったり、整体であったり、オステオパシーとか、さまざまな施術を受けてきたんです。そういった施術をされる方って、病院や薬に頼る前にあらゆる角度からものすごく勉強して健康を培っているので、そこから学ぶことは多いかもしれないです。あとは、私の母のような昭和19年生まれの人にもちゃんと理解してもらうには、感覚だけで話しても納得してくれないので、自分なりにメカニズム的なことをインターネットで調べたりすることもあります。
茂田
僕の両親も同世代なのでわかります。健康観についてもこの十数年でパラダイムシフトが起きていますよね。
UAさん
要するに“免疫力”というところの意識の変化ですよね。医療の世界の影響は非常に大きいですけど、そこにただNoを突きつけるのもよろしくないと思うので、「私はこうですよ」というYesを言葉にするようにしたいなって。
私の父は、私が生まれてすぐガンで他界してしまったんです。そういったことが潜在的なトラウマというか、いつからか無意識ながら「ガンにならないためには」と思って行動するようになって。私の健康観、体質改善について最初に強く影響を与えたのは、20年以上前に古本屋で見つけたアンドリュー・ワイル氏の著書『ワイル博士のナチュラルメディスン』で、目からウロコがぽろぽろ落ちました。
茂田
免疫力というと、少し前から僕の中では「脳腸相関」というテーマがフォーカスされてるんです。化粧品だけで肌をきれいにしようとするのは難しいことで、すべての求めに応えようとすればどんどん複雑になって副作用的なトラブルの懸念が出てくる。ならば、体をつくる食べものからアプローチした方が早いのでは、というところでモチベーションが上がってきた結果、腸内環境のこと脳腸相関にたどり着きました。
その筋のいろんな方にお話を聞くのが面白くって、西洋医学のアレルギー外来ではどうにも改善しなかった人がこぞって訪ねる、筋肉反射テストなどを使う京都のアレルギー外来の先生とお話をしたり。僕自身は化学調味料や添加物をそこまで毛嫌いする人間ではないけれど、やはりそういったものが増えすぎると腸を通じて脳、自律神経などの不調を助長することを再認識したり。UAさんは、食でのセルフケアというのは何かされてますか。
UAさん
以前にはヴィーガン的な食生活をしたこともありますし、グルテンフリーやカフェイン抜きなんかも、主に自律神経の具合と相談しながら、実験的な食の取り組みというのは今もしょっちゅうやってみてます。試してみないとわからないので。歌手は、腸の状態がよろしくないと、とくに詰まってしまったりすると良い声が出ません。そう、今から20年近く前のことですが、野口法蔵氏*3による坐禅断食を初体験しに行ってみたんです。
*3世界的に知られる断食療法の指導者
3日間の絶食の後、大根と梅干しでデトックスを促したら、なんだか愛のパワーみたいのがみなぎっちゃって。近すぎてどこか遠かった自分の母とのコミュニケーションで、それまで素直に言えなかった言葉、愛してる!みたいなことを断食から帰るなりハグをして伝えたんです。それはもう、すごく衝撃的な腸と脳、脳と心の繋がりを感じた経験でした。
茂田
腸と自律神経の働きは密接なので、そこから心身の調子が左右されるというのはすっと腑に落ちますよね。食によって体の中が変わると、歌ったときの評価も変わりますか?
UAさん
“機嫌”が違いますね!若いときは、自分の可能性を探して「もっと、もっと何か」という追い込み感みたいのが走りましたけど、この年になるとどこまで現状維持できるかを重視するようになって。それはヘルシーであれば叶うから、最優先は体の健やかさ。上の子は26歳になりましたけど、下の3人の子はまだまだ成長期で、子供達のためにいい料理をつくって食べようと思うことが、自分の健やかさの支えにもなっていますね。
茂田
対談前に少し子育て話をさせていただいたとき、周囲に溶け込んでたくさん友達をつくろうとするより、1人旅とかで自分自身と徹底的に向きあってみるのがいいと思うとUAさんの経験則から出てきた言葉にとても共感を覚えました。
UAさん
日本にいたときはよく海外へ旅に出ていたんです。今思えばそれって、自分の中を見るために外を見ていた、ということかなと。自分の個性、何が人と違うのかを客観的にわかること、そういう差異をはっきり捉えたとき、それが鏡となって自分というものが見えてくる。
茂田
働くことに関しても、僕は“会社は寺子屋”と最近よく言っていて。学校で教えてくれなかった、経験できなかったことを、いったん全部やってみる場所が会社でいいと思うんです。仕事を通じて自分らしさを見つける、自分なりに試行錯誤して体験的に学んでいくことが本当の意味での豊かさや幸福感に繋がると。
UAさん
会社は寺子屋!名言ですね。茂田さんも、自分の中をすごく観察されていますよね。そういうことから新しいものって生まれるんだと思います。ネットで簡単に世界中の人のワードを拾える時代になっちゃったからこそ、とことん内観するって大事。
茂田
そうですね。僕も以前は音楽の世界にいたので、90年代あたりまではひたすらインプットの時代だったなと思うんですけど、最近ですね。外から何かをインプットしてアウトプットするより、インターナルからアウトプットする感覚がしっくりきたのは。経験してきたものが消化されたというか。
UAさん
「今、私が感じている」その感受性自体が、個性なんだと思います。歌手という人生を28年歩んできて、私は作品をつくるとき、聞いてくださる方を最優先にはしないつくり方をしてきました。毎回どうしようもなく自分のテーマを掘り下げざるをえないという旅が、前作の『JaPo』*4という作品まで続いて。結果、それは多くの人に届くようなタイプの作品ではなかったけれど、でも1つずつテーマに向きあって自分の中から汲み上げたアンサーの数々が、今日の私を助けるんです。それはもうとんでもないギフトで、続けてきてよかったなって。
*4 2016年発売の9thアルバム。
“感受性自体が、個性”と逆のように聞こえますが、最近読んだ養老孟司さんの新刊*5にあった「個性」についてのお話は、深く納得のいくものでした。それは、意識や心というのは実は共通性そのものであって、そこに個性があると思うと大変な労力を使うのだと。なので、結局のところ個性とは体そのものであって、知識や教養が「身につく」と言うように、時間をかけた反復練習こそが個性を伸ばすことにつながる、と。まさに私の好きな言葉“継続は力なり”です。
*5 養老孟司 著『ものがわかるということ』(祥伝社)
茂田
最後にこの対談を読んでくださる方へのエールとなる言葉をいただきました。いつかUAさんのいらっしゃる島をお訪ねしてみたいです。今日はありがとうございました。