2022年4月1日、OSAJIは食や香りの体験を通じて心身の“調律”を行い、日常生活に心地よい循環を生み出すことを目指したレストラン主体の複合型ショップ『enso(エンソウ)』を鎌倉にオープンしました。今回は、五感を通じて自分の感性と向き合うひと時を提供したいというブランドの想いを、料理で具現化するシェフ藤井匠と、OSAJIディレクター茂田正和との対談をお届けします。
茂田
はじめましては、神田で藤井くんの料理の試食会をした時だったよね。面接も兼ねてはいたのだけど、もう話していたら楽しすぎちゃって。「藤井くんの料理はやさしいから採用」みたいなことを伝えた気がする。ほっとするとか安心感を与えてくれる人間性は料理においても大事だし、一緒にいろんなことができそうだと思ったらオープンが近づくにつれどんどん欲が出てきちゃって(笑)
藤井
OSAJIの求人内容が「料理経験者、野菜ソムリエであったり、野菜や発酵に詳しいとなお良し…」という感じで、これはもう自分のことだと思いました(笑)しかも去年ちょうど湘南エリアに引っ越しをして。僕は東京生まれ東京育ちで、それまでシェフの仕事もずっと都内だったのに。
茂田
ここにタイミングを合わせたかのようだよね。OSAJIは化粧品ブランドだけど、僕自身がずっと「化粧品だけで肌をキレイにするのは限界がある。食やストレスケアで内側からも整えないと…」という考えでやってきて。レストランは前から構想があって進めていたものの、コロナ禍で順延に次ぐ順延となって、でもそれゆえ藤井くんと巡り会えた。
藤井
僕も、料理はもちろん、せっかく野菜や発酵に関する知識やスキルを持ったのにそれを発揮できる場を見出せずに悶々としていたところに、この出会いがやってきた感じでした。茂田さんにこんな素敵な場所を作ってもらえて、今ちょうどオープンから3週間くらい経ちましたが、聞こえてくる評判も嬉しいものばかり。OSAJIに用意してもらったこの舞台で、料理を通じて沢山恩返しをしていきたいです。
茂田
化粧品ブランドっぽく、美容に良い食材を使ったカフェをつくるのみなら、もっと早くできたかもしれない。だけど「そこで食事を1回したところですぐキレイになれるわけでもないよなぁ」という気持ちが自分の中にあって。作る側と食す側の意識の乖離をなくすには、食べて終わりじゃなくて、自分でつくる時のためになることを「知る」、自分を整えるための「気づき」を得られる場にしたかった。だから試作にあたっては藤井くんに沢山のお題を投げたけれど、それをまたすべて鵜呑みにせず、自分なりのフィルターを持って進めてくれたのも良かったんだよね。毎回「もっと良いものになりそう!」という確信が湧いてきて。藤井くんが料理を好きになったのは、いつから?
藤井
両親が共働き、どちらかというと母の方が市議会議員をしていた関係でとても忙しかったんです。僕は三兄弟の末っ子で、学校から帰ると一人で過ごすことも多かったので小学生の時は自分でじゃがいもを揚げてポテトチップスを作ったり、そういうことを自然にしてました。自分としては前世でも料理人だったのかなと(笑)。そんな風に料理はずっと好きだったので、大学を出てから1年だけ塾の先生として働いたのですが、手に職をつけたいと思い料理業界かなと。まずはホテルやカフェで働いてみて、その後都産都消の野菜を使うレストランで働きました。
茂田
それで野菜ソムリエというところを通ることになるんだ。
藤井
はい。野菜をもっと深く知ろうと思って資格を取り、その後はいわゆるかっこいい料理にも憧れていたので南青山のレストランで副料理長として働きました。『INTERSECT BY LEXUS TOKYO(インターセクト バイ レクサス トウキョウ)』という、ミシュランの有名シェフともコラボするようなお店だったので、そこでまた新しい扉が開いた感じがしましたね。2017年からは、代々木上原にある『WE ARE THE FARM(ウィーアーザファーム)』グループ全店の総料理長を務めたのですが、そこは畑も持っているお店だったので畑作業も経験しました。そんな30代をおくって経験が増えたら、だんだんお皿に余計な飾りをしない“自然な料理”をしたいと思うようになりました。それをできている今は「自分の料理を好き」と言えるようになりましたね。
茂田
「自分の料理を好き」と自信を持って言えるって素晴らしいよね。発酵に興味を持ったのはどういう経緯から?
藤井
「そういえば冷蔵庫がない時代って、どうやって知恵をしぼって美味しいものを食べようとしていたんだろう?」と考えた時、「そうか。発酵という保存技術を使っていたんだんだな」と。今はわりといろんな形で学べるので、レストランの料理に取り入れることができるようになりました。発酵や保存食の知識は昔ながらの知恵ですが、そこに自分が培ってきた料理人としての技術や自分の感性をミックスし一皿に仕上げることで、ensoでしかできない自分の料理のスタイルができあがってきてます。今、『enso(エンソウ)』にはゲストからも目が届く風通しが良いエントランス付近に発酵中の食材の瓶を置いています。発酵菌ってそのものは見えないけれど生きていて、過ごしやすい環境を整えてあげたら活動して、結果食材に様々な変化が生まれます。なので発酵という技法は調理というより菌の環境を整えてあげる・飼育をしているような感覚です。
茂田
そういう藤井くんのクリエイティビティや料理が加わったことでOSAJIというブランドの思想体系がさらに明確になった気がするな。藤井くんは出汁を取る時の風味の組み合わせとか、調理科学的な側面もきちんとしているよね。
藤井
調理科学は学者さんのテリトリーでもあるけれど、研究者の論文を見たりして、一見合わなそうな組み合わせの食材同士でも共通のフレーバーを持っていたりするので、例えば梅干しとバニラとか。そして組み合わせるからには「温度帯や切り口まで考えてペアリングを完成させよう」というのはあります。
茂田
これとこれを合わせてみたらっていう発想と、完成までの緻密なこだわりのバランスは、僕の化粧品づくりと似ているかも。他に、料理をして提供する上での考え方の比率、優先順位みたいなのはある?
藤井
僕は食べるシチュエーションを重視しますね。レストランで食べるフレンチと、友達でわっと集まって食べる料理と、例えばハンバーガーとポテトとかって、美味しさがまた違うというか。
茂田
なるほど“どんなシチュエーションで? どんな人達が?”そこから自ずとマッチする食材や調理方法が絞り込まれる。保存性を高めたくて発酵の技術が生まれたこともそうだけど、そういう“良質な制約”はクリエーションを向上させてくれるキーだと僕は思うんだよね。料理の仕事における一番のやりがいは?
藤井
それはもう、お店に来てくれて、食べてくれた方とお話をして良いコミュニケーションを取ることですね。料理すること自体も好きではありますけど。
茂田
“人が好き”。そこもすごく共感するところだなあ。こういう感性を豊かにしてくれるエッセンスの数々を伝えたいよね。『enso (エンソウ)』で食事をしたお客さまには、ぜひ機会があったら藤井くんとお話してみて欲しいです!