
アップル創業者のスティーブ・ジョブズ、映画監督のマイケル・ムーア、電気機器メーカーブラウン社のデザインチームを率いたディーター・ラムスなど、世界のリーダーが注目し影響を受けた“ZEN”。スティーブ・ジョブズがiPhoneをミニマルにしたのは、禅寺での修行が着想に影響したといわれています。
この本では、日本の禅宗を代表して世界中を飛び回る松山大耕 副住職が、グローバルなビジネスにおいて禅の考え方を取り入れる有用性を、さまざまなエピソードとともに紹介しています。読むと、禅の本質を表している“Less is More”な日本に古くから息づく美意識の素晴らしさを再認識します。日本の禅寺が醸し出す簡素でありながら風光明媚な美しさそのものです。残念ながら、経済合理性に突き進んだ戦後の日本からは失われつつある美しさともいえますね。
京都 妙心寺退蔵院は、1600年代初頭に描かれた文化財の襖絵を大切に保存しているのですが、すでに損傷が激しく朽ちることを止めるのは難しい。そこで松山大耕 副住職は、新たに襖絵を描く若い絵師を募るプロジェクトを提案しました。これが、ただ現代アートを持ってきて終わりではなく、選ばれたアーティストは400年前の絵師の時と同じように、妙心寺退蔵院に住み込んで禅の考え方を学びながら制作したのです。
オーセンティックなものを守るための制約条件をきちんと設けることで、新たに制作された襖絵も200年後には文化財としての価値を持つ。これは古いものを守っていく世界において、イノベーションといえる出来事だったと思います。
何かモノを作ろうとした場合、インターネットの発展で、プロの技は動画で見ることができ、プロの使う道具はWEBサイトで手に入れることができる。ある意味で、クリエイティブの世界は革新のスピードが上がっているのだと思います。その恩恵の一方で、オーセンティックなもののオマージュやコラージュになりやすく、襖絵のように新たな伝統を生むようなイノベーションは起きにくくなっているようにも思います。
伝統とは、その時代の制約条件、いまだったら環境を考えた場合の材料や作り方の制約。それと、その人が歩んできた人生の中での経験や知識という内面。それらを掛け合わせて駆使することで、オマージュではないオリジナリティのある表現が生まれやすくなるのではないかと感じています。
僕の場合、アーティストのように内面から表現が溢れ出るようなことはなく、伝えたい相手がいて、その人を豊かにしたいという思いが創作のベースにあります。でも、その人に「何が欲しいですか?」と聞いても、いま世の中にある何かから選ばれることがほとんどで、当然、それは僕が作る必要性がないものです。だからこそ、相手の内面を感じ取り、自分の内面に目を向け、制約条件を踏まえて発想します。そのプロセスの中での、アイディアを出すための感覚の研ぎ澄ませ方、膨らんだアイディアから芯になる部分を削り出す思考方法。そういうことを、この本の中で感じることができました。