
4代目店主 熊澤大介
茂田正和
〈後編〉
茂田 釜浅商店で買ったものの中でも、雪平鍋とともに日々活躍してくれているこのまな板。釜浅商店オリジナルですよね。重さ、刃あたりのよさ、大きさも絶妙だなと。これは、削り直しできますか?
熊澤
はい、削り直せます。お店には本当にいいと思えたものを厳選して置いていますが、それでもお客さまから声が上がって、理由を見出せた場合はオリジナルでつくります。
このタイプのまな板は以前からあって、海外ではよく売れていたんです。でも平凡なベージュでちょっとかっこよさが足りない、黒で出してみよう!と思って。「使ってすごくよかったし、かっこいいから」と一度購入された方が、今度は贈り物用にまた買いに来てくださるケースが多い商品です。
茂田
熊澤さんのもう1つの愛用品、釜浅のごはん釜もオリジナル商品ですよね。
熊澤
ご飯を炊く鍋は、炊飯鍋や土鍋などいくつか種類がありますが、釜浅商店はもともと金物屋なのでやはり鉄、南部鉄器製の鍋にしました。家庭で使いやすいものになるよういくつか工夫を凝らしています。
まずよく釜の中でご飯が対流して…といわれますが、実際にはそこまで対流していなくて、ならばさほど深くする必要はないので普通より広く浅めのつくりに。そして、吹きこぼれてもこのつばの返しが受け止めるので、下までこぼれ落ちないようになっています。
茂田
なかなか使いこまれていそうですね。
熊澤
それでも2〜3年ですね。手前味噌ですけど本当においしくご飯が炊けるので、炊飯器はもう使わなくなって。子供たちもこれを使って自分でご飯を炊いています。おいしく炊けるのにはきちんとした理由があって、釜の中がねずみ色になってますよね?これが最大の工夫です。
一般的に鉄器=黒色のイメージがありますが、あれは漆や合成樹脂で塗装した色なんです。そして「鉄瓶でお湯を沸かすとまろやかになる」といわれるのは、中が未塗装でねずみ色になっている鉄瓶は水の中の不純物を吸着してくれるからで。ただ、鉄って未塗装だと錆びやすく使いにくいので、鉄瓶は仕上げるときに1000℃くらいで焼いて酸化皮膜をつくり錆止めをします。
ところが鉄鍋だとそういった仕上げをまずしないんです。でも、お米を炊くときはお水をたくさん吸わせるから、お水がおいしくなる作用があったほうがいいよね、となって。ごはん釜の内側にも酸化皮膜をつくってねずみ色に仕上げてくれるところを探してもらったところ、一件だけ見つかってようやく実現できました。
茂田
試行錯誤されたんですね。この蓋も、こだわりが感じられます。
熊澤
国産のサワラの木でつくってもらっていて、溝があるのがポイントです。乗せるタイプの普通のごはん釜の木の蓋は、ときが経つとどうしても反ってきちゃうんです。そうすると、蒸気が逃げやすくなる。でも内側にほんの数ミリの溝をつくってもらうことで、しっかりかぶせることができて、蒸気が逃げにくくなります。
鉄器と木の蓋、別々のところにお願いすることで理想的なものが完成したので沢山の人に使ってもらいたいのですが、入荷してもすぐ売り切れてしまって…。今は、常に1年待ちみたいな状況を何とかしようとがんばっているところです。
茂田
僕の場合、料理はもう一生ものの趣味になると確信しているので、必要になったときはずっと使い続けられるいいものを買いたい気持ちが強いし、1年でも待てます(笑)。
物を売るって、何を残していきたいか、どういう文化をつくっていかなくてはならないかの責任の話だと思うんです。そしてお客さまとメーカーは物で繋がるからこそ、いいものをつくることは大前提で。ただ売る側の立場となると、僕ら化粧品は消費財なので、真に残れるものづくりを追求できる道具の世界が羨ましいです。
熊澤
ただ道具も最近は使い捨てが当たり前のようになって、すぐ結果を求める風潮がありますよね。今の時代に合致した使い方も含めて、物の価値を伝えきれるようにしたいです。
買った今日より、何年か使いこんで育てていくと、もっと自分になじんで仕事をしやすい道具になる。愛着が湧いてくると、自然と手入れして大切にできる、そこまで感じてもらえるように。
茂田
誰にもいえるのは、良質な鍋を1つ買うことは、自分おいしいものをつくれるようになるという投資価値があるということ。こういう道具を買って、使って、得られる知識と経験は決して自分を裏切らないですよね。
これだと思える“良理道具”に出会えたら、それは本質的な豊かさへの扉を開く鍵。僕もまだまだこれから使い込んでいく身ですが、大事に使って道具を育てる楽しみをみなさんと共有していきたいですね。
茂田正和(写真左)
両親や祖父母に華道家、茶道家、俳人、音楽家を持ち、日本の文化や芸術に親しんできた。無類の料理好きとしても知られ、肌を健やかに導く栄養学も踏まえたアプローチで、料理家とのコラボレーション経験も。
熊澤大介(写真右)
アンティークショップや家具店勤務などを経て、2004年より釜浅商店の4代目店主に。店のリブランディングを手掛け、創業110年を迎えた2018年には海外初店舗のパリ店をオープン。著書に『釜浅商店の「料理道具」案内』(PHP研究所)がある。