OSAJIのブランドディレクターである茂田正和が、化粧品開発の道に進むことを決意したのは2001年のこと。母親であり、文化や芸術の師でもあった母が交通事故に遭い、その精神的ストレスから顔や体に湿疹のような症状が出る皮膚疾患に悩まされたことがきっかけでした。もともと自然志向が強かった茂田の母は、普段から食品は無添加のものを選び、化粧品も「食べてしまったとしても大丈夫」といわれるような植物由来成分を使用した自然派化粧品を愛用していました。ところが皮膚疾患を経験してからは、その自然派化粧品を使っても炎症が起きてしまうようになったのです。「食べても安全なほどの植物由来成分は、肌にもきっと安全なはず」とこれまで考えていた茂田は、敏感な肌にもやさしいといわれている自然派化粧品が、なぜ母の肌に合わなくなってしまったのか、疑問を抱きました。そして2002年より、当時、東北大学皮膚科で教授を務めていた叔父に師事し、皮膚科学のイロハを学びました。
皮膚科学を学んだことで、母が自然派化粧品を使う度に見舞われるようになった肌荒れは、アレルギー反応として起こっていたのだと茂田は理解しました。そして、人の肌はどんなものにアレルギー反応を起こしやすいのかを調べている間に、「アレルギー体質の人の多くに見られるアトピー性皮膚炎の患者さんは、温泉に湯治に行くと症状が良くなることが多い」という話を叔父から聞きました。「温泉の何が皮膚炎のダメージ回復に役立つのだろう?」茂田はここに自身の化粧品開発の重大なヒントがあると直感。数多の文献を読みあさり、温泉に含まれるどの成分が肌を健やかにする鍵となっているのかを突きとめました。それは、美肌の湯と呼ばれる温泉に非常に多く含まれる、メタケイ酸という成分でした。メタケイ酸は、皮膚や髪の生成に不可欠なミネラルとして知られるケイ素を含む天然成分で、いわゆる肌の生まれ変わり、ターンオーバーを促すことで強靭な角質層づくりをサポートしてくれます。同時に、角質細胞同士の隙間を満たしている細胞間脂質の構成要素の中でも、とくに重要なセラミドの生成を助けることでバリア機能を強化。湯治でアトピー性皮膚炎の患者さんの症状が良くなるのは、このメタケイ酸の働きによって容易に外部から異物が侵入できないトラブルの起きにくい皮膚へと導かれたゆえのこと。併せて、メタケイ酸を含む温泉が美肌の湯と呼ばれるのは、水分が蒸発しにくいみずみずしく透明感のある肌を育む働きがあるためだったのです。
20年前はインターネットで検索して得られる情報量がまだまだ少なく、茂田は日本全国、北から南まで、メタケイ酸を多く含む温泉を求めて成分解析の資料を取り寄せスクリーニングしました。結果、辿り着いたのは鹿児島県の指宿にある温泉でした。この温泉水をベースに、まずは自宅キッチンで理想とする化粧水に着手。成分はできるだけ少なくシンプルに。当初より低アレルギー処方を目指していましたが、モニター第1号である母からは「油は肌に良くないので使わないで欲しい」という要望や「油は、塗ったその瞬間は肌がしっとりしても、少し時間が経つと乾燥を感じる」といったコメントが寄せられました。そこまで油を嫌うのはなぜなのか?その背景には、1970年代に起こった、黒皮症という肌トラブル問題の影響があったようです。原因となったのは、化粧品に配合されていた不純物が混ざったままの鉱物油でした。しかし鉱物油についてはそれ以降、不純物を完全に取り除く高度な精製技術が確立されました。保湿や保護のために使われるワセリンがその代表で、皮膚に浸透することなく酸化にも強いため、皮膚科でも使用される安全性の高い原材料となっています。ただ、この母のコメントをきっかけに、茂田は保湿における皮膚と油分の関係性についてとても慎重に検証を重ねるようになりました。
「油は、塗ったその瞬間は肌がしっとりしても、少し時間が経つと乾燥を感じる」という点については、肌を健やかに保つにはヒューメクタントの保湿→エモリエントの保湿、2段階の保湿が必須であるという解に辿り着きました。ヒューメクタントとは、化粧水によって角質細胞の中まで入り込むことができる水やグリセリン、シロキクラゲ多糖体、スーパーヒアルロン酸などの成分を補う保湿。エモリエントは、乳液やクリーム、オイルやバームなど油を含んだもので肌にフタをして水分の蒸発を防ぐ保湿です。近年、自然派化粧品を愛好する人を中心に、植物油を洗顔後の肌にブースター的に使うといったオイル美容が浸透しました。しかし、油そのものは角層のバリア機能を通過しやすく、種類によっては角層の隙間を埋めている細胞間脂質(セラミド、脂肪酸、コレステロールなどから構成される)をゆるませ、バリア機能を脆弱にしてしまうことがわかっています。肌が自ら細胞間脂質をつくり出せるよう働きかけて潤い保持力を高め、炎症を繰り返さない健やかな角層へと導くには、やはり先にヒューメクタントの保湿、次にエモリエントの保湿、がベスト。油はあくまでも潤いの蒸発を防ぐフタの役割として用い、また油の種類については、バリア機能との相性をよく見極めてから配合する。このように、茂田の中でバリア機能と保湿に主軸を置いたスキンケア理論が確立していきました。
天然の植物成分にこだわるのではなく、アレルギー反応が出にくい成分にこだわり、油分を配合せずともしっかりとした保湿が叶う。使うほどに肌のバリア機能を強化し、ターンオーバーを健やかに整えてくれる温泉水ベースで、皮膚常在菌のバランスを乱さない弱酸性。さまざまな角度から突きつめて完成したのは、シンプルながら頼もしい化粧水と保湿ゲルの2品でした。それを茂田の母が使い始めたところ、手強かった肌荒れの繰り返しは止まり、以前の健やかな肌状態を取り戻すことができました。一連のプロセスは次第に周囲に知れ渡り、「このような化粧品を求めている人にもっと伝え広めたい」と考え始めたタイミングで、父であり当時の日東電化工業の社長からヘルスケア事業部立ち上げの声がかかりました。日東電化工業は、群馬県高崎市で3世代に渡りめっき業を営む会社です。その工場の片隅で、茂田はパートの女性と2人で本格的な化粧品の製造をスタート。温泉水ベースの保湿ケアは、心地よく使えるものが見つからずスキンケア・ジプシーとなっていた敏感肌の方を中心に徐々に評判が拡大。以降、OSAJIのローンチ準備に入る2016年までの間に多数のブランド開発を手がけ、原材料の見極めや開発スキルの進化、需要の増加による製造や供給のシステムの拡充もなされましたが、「スキンケアにおける化粧品の真の使命は、肌を本来の健やかな状態に導くこと。使う品数や量を減らしても、健康で美しい状態を保てる肌を取り戻すことが理想的」という茂田の信条は現在も変わりません。